YOLOしく我が人生

躁鬱、不眠症、発達障害のせいでニートだったけどブログと投資を軸に金融リテラシーが向上してきた旅行好きの精神障害者のブログ

日本は街中にゴミ箱の設置が少ないことが問題、もっと設置されるべきだ

   

 

渋谷のハロウィンは毎年荒れて大変ですよね。ハロウィンは本来子供達のためのお祭りなわけです。

それがどういうわけか日本では大人がメインでどんちゃん騒ぎをする単なるコスプレ大会として定着してしまいました。

なんだか変だなぁと思いつつもそういう独自文化として発展してしまったわけですし盛り上がってて楽しいならそれはそれでいいとは思うのです。

しかしやはり懸念されるのはマナー問題ですよね。とりわけ渋谷では毎年酷いと物議を醸しますよね。

毎年おなじみとなった光景なのですが、ハロウィンになると渋谷の街で人々が暴徒化し、ゴミの散乱や痴漢、盗撮、スリなどが発生しその様相は目を覆いたくなる惨状です。

痴漢や盗撮など女性への性的被害も当然見過ごせない問題ですが、今回私はゴミの散乱について思うことがあるので前々から思っていたことを書きます。

日本は街中にゴミ箱が少ないせいでポイ捨てが絶えない

今回、毎年のことながらハロウィン後の渋谷はゴミが散乱し酷い有様となりました。

もちろんゴミをポイ捨てする人が一番悪い、それはわかっているのです。しかしそれと同時に、私には納得できないことがあります。

日本では、“自分が出したゴミは自分で持ち帰る”

という観念が非常に強くないでしょうか?これ自体は良い心がけだと思います。

そうやって各自がゴミを持ち帰ればゴミのポイ捨てが少なくなり街は綺麗さが保たれます。

しかし、それは全ての人間がルールやマナーを守るということを前提とした性善説に基づいた理想論の押し付けではないでしょうか。

全ての人間がゴミのポイ捨てをしないのは一番の理想です、しかし現実はそうでは無いと思うのです。

不特定多数の群衆が居れば、ルールやマナーを守らない人、今回の話でいうとゴミをポイ捨てする人は必ず発生します。そういう人のために、日本はゴミ箱をもっと設置するべきだと思うのです。

ゴミのポイ捨てをする人はしたくてしているわけではない

ゴミをポイ捨てをする人は、良識が無いからポイ捨てをしているのではありません。

ゴミ箱があればそこに捨てたいのだが、どこにもゴミ箱が見つからないから仕方なく路上に捨てているのです。

ネットを見ていると、「ゴミは自分で持ち帰れ」という押し付けがましい意見が多く散見されました。

しかし、ゴミを持っていると手が塞がり鬱陶しいでしょう。早く捨てたいと思うのは当然です。

また、全ての人間が鞄にゴミが入るだけの容量に余裕があるとも限りませんし、鞄の中を汚したくないという心理もあります。

要はゴミを持っている人は早く今手にしているゴミから開放されたいのであり、それでゴミ箱さえ近くにあれば良いのだけれど、無いのだから仕方なくポイ捨てをするんだと、こう私は考えています。

ポイ捨てをする人は必ずしもモラルが無いから捨てているとは私には思えない。

誤解無きように言っておきますが私はゴミのポイ捨てを擁護しているのではありません、ゴミ箱を設置しない国家や自治体を批判しているのです。

 

日本にゴミ箱が少ない理由はテロ対策だと聞くが

 かつての日本は、割と街中にゴミ箱がありました。私が子供の頃は公園にもゴミ箱があったのをよく覚えています、しかし今ではすっかり姿を消しました。

理由はあの有名なオウム真理教による地下鉄サリン事件があります。

これがトラウマとなり日本ではすっかり街からゴミ箱が消えてしました。

しかし、日本と比較して治安が悪いと思われている外国では普通に数百メートル置きにゴミ箱が設置されています。

やはり世界的に見れば街にゴミ箱を設置することは普通であり、しない方が特殊だと思われます。

サリン事件もすっかり過去の出来事となり、オウム真理教も解散されたわけですし、テロ対策よりも人々の利便性を優先させるべきではないでしょうか。

テロ対策以外にもゴミ箱を設置しない理由はある

調べていくうちに、他にもゴミ箱を設置しない理由がわかりました。主な理由は

  • 人々が公共のゴミ箱に家庭ゴミを捨てていく
  • 街中にカラスが多いので、ゴミ箱を荒らす
  • ゴミの回収とゴミ袋の交換作業等、清掃員を雇うコストがかかる

と、このような理由が大きいとされています。サーチナによる参考ソースを貼っておきます。中国人も日本のゴミ箱の少なさは疑問に思っているようです。

こんな有様では外国人観光客も日本人も不便

日本は外国人観光客をどんどん増やし、インバウンドで稼いでいこうという国家戦略を立てています。その中で街にゴミ箱が少ないというのは外国人観光客からすれば不便なことでしょう。

これは懸案事項であり、本気で観光立国を目指すのであればもう少しゴミ箱を増やした方が良いのではないでしょうか。

例えば私も電車で旅行に行くと、駅のホームにはゴミ箱はあるのですが、駅から出てしまうとどこにもゴミ箱が無いんですよね。

そんな時、手に持ったゴミをどうすればいいものかと本当に困ります。

「日本は街中にゴミが少ない、民度が高い証拠だ」などと主張される方々が時々いますが、決してそんなことはありません。

街を歩けば路上にゴミはいくらでも落ちていますし、民度が高かったら渋谷のハロウィンでゴミが散乱するはずが無いでしょう。日本人も外国人も、どの民族であっても本質的には同じ人間であり皆考えることやとる行動も同じなのです。ゴミはさっさと手放したい、こう思うのが自然な心理です。

 

コスト削減を理由にゴミ箱を設置しないのは情けない

前述しましたが、ゴミ箱を設置するとそれだけゴミの回収やゴミ袋の交換などをする必要があり、その作業を担う清掃員を雇う必要があるのでそのコストを嫌って日本はゴミ箱を設置しない一因となっていることを書きました。

しかしこれはよくないことだと思っています、なぜなら外国ではこれくらいのことはきちんとしているからです。欧米のみならず、同じアジアの中国でもそうしているのです。そんな中日本だけこういうことをしないのは、同じ先進国として恥ずべきことでしょう。

京都市はきちんとしていて、中心部にゴミ箱は多い

ただ、日本国内でも屈指の観光地である京都市はさすがしっかりしていて、京都駅前や四条・三条のような中心部はゴミ箱がしっかり等間隔に設置されているんですよね。

ゴミを回収するコストよりも、ゴミ箱を設置することで路上のゴミを減らし景観を保護すると共に観光客の利便性を優先してくれているのです。

さすが日本随一の観光都市なだけあって、ゴミ箱設置と清掃員の雇用に投資をするところは抜かりがないということです、東京など他都市も見習ってほしいものです。

ポイ捨てするなではなく、ポイ捨てを未然に防ぐ環境づくりが大切

私は「自分で出したゴミは自分で持ち帰れ」という意見は、間違ってはいませんが少しズレていると思っています。

確かに全員がそうすれば理想です、しかしそれは理想論に過ぎず、現実は違います。

例えば野球場などスポーツ会場は、試合終了後はゴミが絶対散乱しているので清掃員が掃除をしているわけですよ。ポイ捨てをゼロにすることは不可能なんです。

だったらポイ捨てをしないよう喧伝したり意識改革を呼びかけるより、ポイ捨てを未然に防ぐようゴミ箱を設置した方が絶対に合理的だと私は思うのです。京都市は実際にそれをしているのです。

ならば資金面で潤沢な東京でも同じことは出来るはずですし、外国人観光客も多く訪れる日本の顔であり首都なのですから積極的にゴミ箱設置に力を入れるべきではないでしょうか。

東京が主導となって推し進めていけば、外国人が抱く「日本はゴミ箱が少なくて不便」という評価も変わることでしょう。